2015年3月3日

 

                                                         大阪労働者弁護団 代表幹事 丹羽雅雄

 

    「高度プロフェッショナル制度」の導入に断固反対する意見書

 

1 はじめに

 労働政策審議会の労働条件分科会は、本年2月13日、「今後の労働時間法制の在り方について」と題した報告書(以下「報告書」という。)を取りまとめ、同日、労働政策審議会から厚生労働大臣に建議した。

報告書には、「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)」なる新しい制度の創設が含まれているが、このような新制度の創設を正当化する立法事実はなく、制度について労働者のニーズも存在しない。

他方、仮にこの制度が創設されれば、長時間・過重労働に対する実効性ある規制は失われ、過労死やうつ病など精神疾患の激増を招くなど、多数の労働者の生命・健康を危機にさらす結果となることは確実である。

 したがって、当弁護団は、「高度プロフェッショナル制度」なる新制度の創設には、断固反対するものである。

 

2 「高度プロフェッショナル制度」とはどのような制度なのか

 報告書では、「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)」なる制度を設けることが適当としている。この制度は、「一定の年収要件を満たす」「職務の範囲が明確で高度な職業能力を有する」などの要件を満たす労働者について、「労働基準法第4章で定める労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金に関する規定を適用除外とする」ものとされている。

 現行の労働基準法は、使用者は労働者に、休憩時間を除き1日8時間、週40時間を超えて労働させてはならず(労基法32条)、かつ、原則として毎週少なくとも1日の休日を与えなければならない(労基法35条)と定めている。使用者が労働者に対してそれを超える労働(時間外労働・休日労働)を命じるためには、当該事業場の労働者の過半数を組織する労働組合等との協定(いわゆる36協定)を締結する必要があるとともに、実際に時間外労働・休日労働をした時間に応じて、割増賃金を支払わなければならない。また、労働時間に応じて一定以上の長さの休憩時間を与えることのほか(労基法34条)、使用者が労働者に対して深夜(午後10時から午前5時まで)の間に労働させた場合においては、別途、深夜割増賃金を支払うことも義務付けられている(労基法37条)。

 報告書のいう「高度プロフェッショナル制度」とは、一定の要件を満たした労働者について、以上に述べた労基法の労働時間・休憩・休日・深夜割増賃金に関する規制をまったく適用しないこととするものである。

 

3 「成果型」労働制と呼ぶのは誤導である

 報告書では、「高度プロフェッショナル制度」を創設する理由として、「時間ではなく成果で評価される働き方を希望する労働者のニーズに応え、その意欲や能力を十分に発揮できるようにするため」と説明している。これを受けて、各種報道においても、新制度を指す呼称として「成果で賃金が決まる働き方」や「成果型労働制」といった表現が用いられている。

 しかしながら、「成果で賃金が決まる働き方」や「成果型労働制」なる表現は明らかに誤りである。なぜなら、新制度のもとで、対象労働者の「成果」がどのような基準・手続によって評価され、その結果が賃金とどのようにリンクされるのか、といった点について、報告書では何ら言及されていないからである。

報告書において提案されている「働き方」とは、いかに長時間働いても、収入が増加する保障はないという働き方であり、要するに、単なる「残業代ゼロ」ないし「ホワイトカラー・エグゼンプション」に過ぎない。

そして、このような制度について、「労働者のニーズ」など存在しないことも明らかである。

 

4 「高度プロフェッショナル制度」の導入を正当化する立法事実はない

 そもそも、労基法において法定労働時間、法定休日、休憩及び深夜割増賃金に関する規制を置いているのは、労働者が健康的かつ文化的な最低限度の生活を確保し、ワークライフバランスを実現するためには、労働時間を一定水準以下に抑制し、適切な休息と余暇を確保することが必要不可欠と考えられているからである。

 この点、報告書においては、「高度の専門的知識、技術又は経験を要する」「業務に従事した時間と成果との関連性が強くない」といった業務(対象業務)に従事する労働者については、かかる法定労働時間等の規制を及ぼす必要がないとの考え方に立っていることが明らかであるが、なぜそのような考え方が成り立つのか、根拠は全く明らかでない。高度の専門的知識等を駆使して就労する労働者であっても、仕事の量と期限は使用者が定めるものであり、かつ、命じられた業務について諾否の自由を有しない労働者である以上、法定労働時間等の規制によって法が過重労働の危険から当該労働者を守る必要があることは明白である。

 また、報告書では、年収が一定額を超える労働者(「1年間に支払われることが確実に見込まれる賃金の額が、平均給与額の3倍を相当程度上回る」)を制度の対象労働者としているが、これも同様である。すなわち、年収が高額であれば、なぜ、法定労働時間等の規制を及ぼす必要がなくなるのかが不明である。実際、過労自殺・過労死に関して多くの裁判例が公表されているが、その中でも、相当高額の年収を得ていた労働者が過労死・過労自殺したという事例は少なくない。

 以上のように、「職務の範囲が明確で高度な職業能力を有する」「一定の年収要件を満たす」労働者について、法定労働時間等の規制を及ぼさなくてよいとする根拠が存在しない。

 

5 「高度プロフェッショナル制度」の導入により過労死等が確実に増加する

 長時間労働の末に脳・心臓疾患や精神疾患を発症する労働者の数は依然として多数に上っており、労災請求・認定数の水準も高いままである。このようなさなか、昨年の国会では、議員立法によって「過労死等防止対策推進法」が成立し、長時間労働を抑止してゆくための議論がようやく始まったばかりである。

 ところが、「高度プロフェッショナル制度」が実現すれば、使用者は、36協定による上限規制を受けることもないため、対象労働者を無制限に労働させることが法律上可能となる。さらに、使用者にとっては、対象労働者にどれほど長時間労働を強いても割増賃金を支払う必要がないことから、労働時間を一定以下に抑制しなければならないとする経済的な動機づけも全く存在しないこととなる。要するに、使用者が労働者に長時間労働を強いることを抑制するための現行法の仕組みはことごとく取り払われることとなる。

 他方、報告書では、制度導入時に、労使委員会における決議により「長時間労働防止措置」を講じることを要件とし、「措置」の例として、①労働者に24時間について継続した一定の時間以上の休息時間を与える、②健康管理時間(事業場内に所在していた時間と事業場外で業務に従事した労働時間との合計)が1か月について一定の時間を超えないこととする、③4週間を通じ4日以上かつ1年間を通じ104日以上の休日を与えることとする、を例示する。

 しかしながら、このような要件も、何ら、過労死等の激増への有効な歯止めとはなりえない。仮に労使委員会が①ないし③のうちいずれかの制度を実際に当該事業場における「長時間労働防止措置」として決議したとしても、それらの制度が労基法上の制度そのものでないとすれば、使用者が当該措置を取らない場合でも、労働基準監督官が労基法違反として是正指導も送検もなしえないこととなり、長時間労働に対する抑制手段としての実効性が認められない。

 また、報告書では、「健康管理時間」(事業場内に所在していた時間と事業場外で業務に従事した場合における労働時間との合計)が一定基準を超えた労働者について、医師による面接指導の対象とする旨が提案されている。

 しかしながら、健康を害するおそれがあるほどの長時間労働は、そもそも事前に規制しておくべきものであり、すでに長時間労働となっている労働者について医師の面接指導を義務づけるという事後的な方法では、長時間労働による健康への悪影響を防ぐことはできない。

 以上のように、報告書の内容では、長時間労働を抑制する現行法の仕組みがことごとく取り払われる一方、それに代わる実効性ある規制は何ら含まれていないことから、過労死等を激増させる結果となることは明らかである。

 

6 「対象労働者本人の同意」を要件として労基法の規制を除外すべきでない

報告書では、制度を適用するに当たって、「対象労働者の同意」を要件とし、「これにより、希望しない労働者に制度が適用されないようにする」としている。

しかしながら、実際の労働の現場においては、労使間には歴然たる交渉力の差異があり、使用者が制度適用を求めた場合、労働者が現実にこれを拒否しえないことが十分に予想される。すなわち、制度の適用を希望しない労働者にも、事実上、制度の適用が強制される結果となる可能性がきわめて高い。

また、そもそも「労働者本人の同意」を条件として労基法上の一般的規制を除外する規定を創設することについては、労基法の強行法規性(労基法13条)との整合性など、法理論的にも問題があると言わざるをえない。

 

7 対象業務を限定することの困難性

 以上のような本質的な問題点のほか、仮に新制度が導入されれば、実務上も多くの問題が生じることが懸念される。

 すなわち、報告書では対象業務について「対象業務とするに適切な性質を法定した上で、具体的には省令で規定することが適当」とされているが、省令において、実際に適切に制限できるのか疑問がある。

 また、現実に、使用者が対象労働者に対して、対象業務の範囲外の業務を命じた場合の法的効果として、当該業務命令に従う義務がないことに尽きるのか、新制度の適用そのものが認められなくなるのかも不明である。

 

8 まとめ

 以上のように、「高度プロフェッショナル制度」には導入の必要性を基礎づける立法事実がなく、このような制度の導入について「労働者のニーズ」も存在しない。

このような制度を導入すれば、過労死やうつ病など精神疾患の激増を招き、ひいては多数の労働者の生命・健康を危機にさらす結果となることは確実である。このような制度を導入することは、「労働者が人たるに値する生活を営む」(労基法1条1項)ことを困難とさせ、労基法の精神を根本から破壊するものである。

当弁護団は、「高度プロフェッショナル制度」なる新制度の導入に、断固反対するものである。

                                                                              以上